研究・研究年報18(2003・2004)
2004年4月に北海道大学より赴任した。それ以降の1年分の公表作品・活動を記す。
◆1
<論文>
@「人道・人権の理念と構造転換論――人道法は人権法の特別法か」『武力紛争の国際法』(東信堂、2004年12月)213−236頁
<報告書>
A「国際法における自治体の位置づけ」『国際条約と自治体』(2005年3月、財団法人 日本都市センター)30−43頁
B「人種差別撤廃条約と自治体−小樽温泉入浴拒否事件判決を通じて−」『国際条約と自治体』(2005年3月、財団法人 日本都市センター)61−72頁。
<書評>
C「国際人権の生誕秘話」『アメリカ法』2004−1、(2004年7月、日米法学会)92−99頁・・・・Mary Ann
Glendon, A World Made New: Eleanor
Roosevelt and the Universal Declaration of Human Rights, (Random House,
2001)の書評
D(タイトル無し)『国際法外交雑誌』第103巻第3号、2004年11月、149−155頁
・・・M. Byers and G. Nolte (ed.), United States Hegemony and the
Foundations of International Law (Cambridge University Press, 2003)の書評
<判例評釈>
E「難民と60日ルール」『ジュリスト 平成15年度重要判例解説』No.1269(有斐閣、2004年6月)269−271頁・・・東京高裁平成15年2月18日第16民事部判決(平成14年(行コ)第42号難民不認定処分取消請求控訴事件)の評釈
<シンポジウム・研究会報告>(公開のもの)
F「平和構築と地域研究」(2004年12月4日、東京大学大学院地域文化研究専攻第12回シンポジウム、於東京大学駒場キャンパス)におけるコメント
G「国際法学における『力』概念の重層性――諸方法論の架橋はいかにして可能か?」(第262回東大国際法研究会、2004年12月18日、於東京大学本郷キャンパス)
H「相克する『法』の支配――国際刑事司法における教訓」(「平和構築とグローバル・ガバナンス」(2005年3月25・26日、人文・社会科学振興プロジェクト研究事業シンポジウム、於ホテルラフォーレ東京)における報告)
I“International Criminal Court and
Victims of Serious Crimes?Identifying roles of the International Criminal Court
for victims of serious crimes?”(29 March, 2005, organized by Global Governance
Project (Japan Society for the Promotion of Science, Hokkaido University), at
Hongo Campus, the University of Tokyo)におけるComments
2004年4月に異動してきて以来、新しい環境(教育、研究、種々の雑務)に慣れようとするうちに、たちまち1年間が過ぎ去ってしまった。
2003年2月に助手論文である『国際人権の逸脱不可能性』を出版した後、私の仕事は、概ねここで関わった諸論点を拡張するものだったと言える。振り返ると、“深く”というより“広く”が特徴だった。分野で言うと、国際人権法とともに国際人道法、更に、国際刑法・平和構築を含む領域に手を広げた。科学研究費(若手研究(B)、課題名「国際法構造における人権観念の基底性――特に武力紛争法における正当性と有効性を手掛かりとして――」、2002−04年度)を頂いていたが、@はこの成果であり、また、参加している研究グループ「『重層的ガバナンスの理念と実体』の解明」(人文・社会科学振興プロジェクト、日本学術振興会)との関係でのFHIの報告・コメントも、その延長にある。
これとは別に、「国際条約と自治体に関する研究会」((財)日本都市センター)に参加した。国際法における地方自治体の位置づけについてはかねてから関心をもっていたが、ここでの活動で一層強い関心を抱くに至った。大きく言えば国際法と国内法の関係、特定的には地方レベルでの国際人権保障が主題となった。こと後者の論点では先行研究が少なく、とりあえずABを公にしたが、一層の研究が必要だと感じた。
また、研究会報告Gは2002年から参加していた「基礎理論研究会」の成果の一つである。この1年で例外的に“深く”に関与していて、ここでの活動は比較的充実していた。ただし、忙しさを理由に報告は不十分なものとなり、より多くの準備時間を割いて作業にあたるべきだったと深く反省している。
この他、新聞記事(「イラク人収容者虐待事件」毎日新聞04年5月18日夕刊)へのインタビュー・執筆、『国際条約集』(「ニュルンベルク国際軍事裁判所憲章」等)の翻訳に協力した。また、『国際人権の逸脱不可能性』(03年2月出版)で第37回安達峰一郎記念賞をいただいたことには、喜びとともに、今後の研究者としての責任を感じた。
向こう二年間の主要な活動の一つは教育であり、これまで講義をしたことのない「国際人権法」の授業(法科大学院と公共政策大学院)、東大に異動してから初めて担当する国際法の講義が特に重要である。とりわけ前者は、今後の日本における国際人権法の利用への種々の可能性を示唆し、国際人権法学が「学」としての萌芽期にあると思われることからも、責任ある仕事だと感じている。それでも、「国際人権法」の自分なりの範囲確定と見通しはもっているので、講義の準備に合わせて、できれば2、3年以内に、短い概説書を単独で公にすることがこの分野の進展にとって望ましいと考えている。また、この作業を研究活動と上手く結びつけることも大切だろう。研究プロパーでは、「基礎理論研究会」の一つの区切りとしてGを元にした原稿を提出する予定で、国際法におけるpower概念の検討を通じて、自分なりに国際法観を深められると思っている。また、既に開始しているが、大沼保昭先生の記念論文集の編纂作業にあたるのも重い仕事である。この他、以前から関心で、宗教について議論を深めたいと思っている。これは人権理念の地平に位置づけうるものだと理解しているが、上記Cはその非常に萌芽的な関与だった。この研究は、実際にいつ本格的に着手するか、またどれくらい労力がかかる・かけるのかは十分に定まっていない。
この1年間を振り返れば、やるべきことはやっていると思うものの、ある種の不完全燃焼感が残っているのも事実である。助手論文を一冊に纏め上げたときのような本格的な仕事に再び取り組みたいと思っているが、この2年間は耕作と種蒔きのような作業であった。そして、これから2年間は水まきの作業になるのだろうかと考えている。一層長期的に考えるなら、“深く”掘るには、“広く”掘ることも必要なのだろう。ただ、大成された過去の大学者達の業績に触れるにつけ、ちまちまと雑用や雑用紛いの仕事を唯々諾々と引き受けている自分に気づかざるをえない。研究のグランド・ストラテジーの中に個々の作業を有機的に関連づけて仕事に励むことが、研究環境に恵まれているとされる大学にいる者の職業倫理なのだと自戒したい。
◆2.
・大学院研究者養成コース「米国の覇権と国際法秩序」(法曹養成専攻(国際法演習)(法科大学院「国際法演習」、公共政策大学院「国際法の理論と実践」と合併、大沼保昭教授と共同担当)(2004年度夏学期、2単位)
・学部演習「国際人権の根本問題」(2004年度冬学期、2単位)
前者につき、法科大学院、公共政策大学院という新しい学生と接する最初の機会となった。このゼミでは、上記M. Byers and G. Nolteが編集した本を教材としたので、結果的にはDの準備作業にもなったし、Gとの関係も深かった。
後者は、母校に戻って初めての単独のゼミとなった。学生の積極的な参加もあり、満足ゆくゼミとなった。内容の半分は、スティーヴン・シュート/スーザン・ハーリー編『人権について』(みすず書房、1998年)の購読にあてられ、これは、今後、国際人権法の授業に一定程度、反映できると思っている。
◆3.
なし
◆4.
・国際法学会評議員(全期間)
・北海道大学法学部非常勤講師「国際法第2部」(4単位)(2004年7月集中講義)
・「平成16年度国立国会図書館職員採用試験(T種・U種)第2次試験の出題及び採点」(2004年)
・「国際条約と自治体に関する研究会」委員(2004年3月まで)
・Editor, Journal of Philosophy of International Law(2005年2月より)